XS・SS
□奥さまは17歳
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――やべぇ…。
まさかこんな時間になるなんて…。
マンションのエントランスでエレベーターを待ちながら、オレは携帯を開けて時間を見た。
けど、何回見たって今は夜中の3時過ぎ。とっくの昔に年が明け、画面に表示された不在着信を見て、また溜め息がでる。
2時間前の先生からの着信履歴。
今日はクラスの打ち上げで、先生には11時ぐらいには帰るからって言って家を出た。ほんとにそれぐらには帰れると思ってたし、なんていったって二人で年越ししたいって言い出したのはオレの方。
学校が休みになってからも、ずっと先生は忙しくてクリスマスも前から決まってた泊まりの仕事で一緒にいられなかった。だから、31日は絶対二人でいようってオレが頼んだ。
一次会だけで帰るつもりだったのが、なかなか抜け出せなくて、着信に気づいた時かけ直せばよかったけど、約束の時間はとっくに過ぎていて怖くてできなかった。
――う゛ぉぉぉぃ、どう言い訳すりゃいいんだぁ!
携帯持ったまま固まってたらエレベーターのドアが開いて、いつもベタベタしてるカップルが腕を組んで降りてきた。女の方が初日の出がどうこう言ってるのが耳に入る。
ほんとうなら、オレたち
ちだって今ごろ…。
そう考えたら、さっきよりもっと気分が滅入った。
“頼む!寝ててくれぇ!”
ドアの前に立って、オレは心の中で祈りながら、音をたてないように慎重にキーを回した。
玄関に入って、靴を脱ぐ前に、まずリビングを覗く。すると廊下のむこうはダウンライトの緩い明かりだけが点いていて、部屋の照明は消えていた。
もしかしたら、ほんとに先生は寝てるんじゃないかと淡い期待が膨らむ。
靴を脱いで、足音をたてないように廊下を進んでリビングのドアの取っ手に手をかける。
ギッと小さな音が鳴って扉が開いた。
先生が先に寝てたら、オレはこのままここで寝よう。朝になって、それからちゃんと謝って…、、「ぅわぁっ!!」
薄暗い部屋の中で、いきなり黒い塊がぐらっと動いて紅い二つの光が暗闇の中に浮かびあがる。
―最悪だぁ、起きてる!
「た、ただいま。電気ついてないから寝たのかと思って…」
「……」
先生は何も答えない。
“おかえり”とも“遅かったな”とも言わないで、紅い目がまばたきもしないでオレを見つめる。
―どうしょう…。
「…ご、ごめん!
11時に帰るって言ったの
に…」
その時、カランとグラスの中で氷が溶ける音がした。
薄暗い部屋に目が慣れてきて、先生が座ってるソファーの前にあるテーブルの上にグラスとアイスペール、それから酒瓶が何本か置いてあるのが見えた。
―まさかあれ全部飲んだのかぁ?!
いつもなら“飲みすぎだ!”ってオレが怒るとこだけど、今そんなこと言える状況じゃないのはよくわかってる。
とにかく、ヘタな言い訳して怒られるより、ひたすら素直に謝ろうとオレは咄嗟にそう決めた。
「ほんとにごめんなさい」
「どうやって…」
「え?」
「どうやって帰ってきた?こんな時間じゃ電車もないだろ。タクシーか」
「あ、あぁ。先輩が一緒にタクシーで…」
「先輩っ?」
なぜか“先輩”に反応して、ボソボソ言ってた先生の声が急に大きくなる。
「…、去年卒業した先輩だぁ。誰かが呼んでたらしくて…」
ほんとのことを言えば、この先輩がクセモノで、帰ろうとしたオレに“スクアーロ!逃げるのか”って絡んできて…、それで結局こんな時間までつきあわされて。帰りがおんなじ方向だからって送ってくれたけど、オレがマンションの前で降りた時、先輩は車の中で爆睡してた。
「そいつがなんでおまえを送るんだ」
「…だから帰りが一緒の方向で…」
「おまえ、ここが家だって言ったのか」
「えっ?…言ってない。つーか先輩オレが降りる時寝てたんだって」
「チッ、」
先生は舌打ちをしたあと、グラスを乱暴につかんで中の酒を一気に飲み干した。
「あっ、」
「…なんだ」
「、いや…。結構飲んでるみたいだからよぉ」
「ハッ、誰のせいだ」
「……ごめん、」
ガシャンと音をたててグラスを置くと、その手で前髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。
悪いのはオレなのはわかってるけど、こんなふうにイラつく先生の姿はじめてで、正直どうしたらいいのかわからない。
とにかく酒は、酒だけはこれ以上だめだと思って、オレはそっとキッチンへ行って冷蔵庫からミネラルウォーターを出した。
それから後ろにある棚からグラスを出して、振り向こうとしたら、オレのすぐ後ろに先生がいて、驚いてグラスを落としそうになる。
「いっ、いつのまに!?」
「水なんか飲まねぇからな」
「あっ!!」
そう言うと先生は羽交い締めするみたいに、後ろに立ったまま両腕を回してきた。
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